よく遊び、よく学べ

アラフォー・高卒・三児の母が、通信教育で教員免許(小学校&特別支援)取得を目指す日常。

命を大切にするって、どうして?どうやるの?

とある、小学生(高学年)とその保護者対象の講演会をききました。
いじめを苦に自殺した子の親という方のものです。

必死に子どもたちへ伝えようとしているのは良くわかったのですが、モヤモヤしたものを感じたのも事実で。

まず、
「命が二つや三つもあると思っている子がいるらしいけど、命は一つしかないからね(だから大事にしてね)」

うーん。
命は一つしかないから大事にする?
もしも、この話を聞いている子の中に、実際に死を意識している子がいたとしたら(我が子は小3で意識していました)
そういう子が、そんな理由で、「じゃあ、死ぬのは辞めよう」と思うのだろうか、と。

まず、

「命を大切に」って実に曖昧だよね。
と私は思うのです。
大切大切っていうけど、
「大切にする」って何?どうやるの?

 

それから。
人に「言われて嬉しい言葉」と「言われて傷つく言葉」を子どもたちにカテゴライズさせていました。
「ありがとう」「いい子だね」は嬉しい言葉だけど、
「あっちいけ」「うざい」は傷つく言葉って。

だけどさ、
それって、その言葉を使うシチュエーションや相手やイントネーションで、嬉しいか傷つくか変わるよね?
同じ環境で使われても、人によって感じ方ちがうよね?
ここで「この言葉は使っちゃダメ」って言い切っていいの?

それで、最終的に「みんなちがってみんないい」系の話を持ち込んできて、

それって矛盾してるよね?

 

みんなちがってみんないい、なら、言葉のカテゴライズなんかしちゃダメだよね。
教えるなら
「同じ言葉、同じ言い方でも、受け取る人やその人の立場・環境・関係性で受け取り方はみんな違うんだよ」
だよね?

さらに、

「理由があれば、誰かを傷つけていいのかな?」と子どもに問い、
「そんなこと許されるわけない」と呼び掛けました。

被害者の親として、そう思う気持ちはわかるけど、
そんな風に教えれば、ますます人とのコミュニケーションを難しくするんじゃないかって。
だって、自分の言動が、いつ誰を傷つけるかわからない、しかも、「決して傷つけてはいけない」
そんなプレッシャーを与えられて、どう人とコミュニケーションを取っていくんだって話です。

 

 

人は人である以上傷つくこともあるし、残念だけど傷つけてしまうこともある。
それでも、人はみんな違うから、自分と違う感じ方をする人もいるんだって、教えなきゃいけないと思うのです。

誰かに何かを言われたりされたりしたら、「嫌だ」ってちゃんと言おう。
まずはここじゃない?

 

そして、

なぜ命を大切にしなければいけないのか?

私は、自分を必要としてくれる人のために大切にするものだと思っています。

自分の命は、自分を思ってくれる誰かのためにあるのです。 

 

過去にも書きましたが、

 

wakaba0204.hatenablog.com

 

子どもの自殺原因のほとんどは家庭環境なのです。