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よく遊び、よく学べ

アラフォー・高卒・三児の母が、通信教育で教員免許(小学校&特別支援)取得を目指す日常。

勉強は楽しい!「できた!」「分かった!」は快楽物質を分泌する

教育

この4月で小学校に入学した末子の次男。
入学式翌日、学校から帰宅すると、

「勉強しなかった」

と残念がっておりました。

 

次男は、
「小学生になったら国語と算数を頑張って、テストで100点をとる」
のを楽しみにしていたからです。

「勉強はまだもうちょっと先かもね。学校がどんなところかを教えてもらってからかもね。今日はトイレの使い方を教わったんじゃないの?職員室とか校長室とか行った?」
と話してはみたものの、
勉強がしたい気持ちがおさまらないようで(^_^;)

 

なので、100圴で数冊ドリルを買って与えたら、机に向かってそればっかりやってて、今日全部終わらせちゃって、

「もう全部やっちゃったー!もっとやりたい!」

ですって。

 

勉強って、本当は楽しいものなんだよな〜って。

「できた!」「分かった!」って時は、脳内でドーパミンが分泌されるから、それは快楽なわけで、快楽を感じたその行為は強化(またやりたくなって行動する)されていくんです。

 

文科省のデータで、勉強が嫌いと回答した小学生は5割強、中高生にいたっては7割という数値がでていました。

勉強って本来は楽しいものなのに、いつから嫌いになってしまったのかって考えると、ほとんどは小4くらいが境目だと言われています。

これは、9〜10歳くらいになると、物事を抽象的に考えることができる段階に発達しているとして、学習の内容が一気に抽象化するからだと言われています。

抽象化するとは、目に見えないものなどをイメージすることです。

 

では、なぜ抽象化すると勉強ができなくなるのか。

発達心理学で有名はヴィゴツキーが、「生活的概念」の発達水準の上に「科学的概念」が成り立っていると示しています。

「生活的概念」とは、生活の中で自然に経験して得ることで、「科学的概念」とはいわゆる学校で学ぶ抽象的概念のことです。
生活の中で経験して学んだこと以上のことは、抽象的概念は理解できないということなのです。

要するに、生活の中で考える力をつけていないと、抽象的概念を理解することができないということなのです。

低学年の間に、大人がやり方(解き方)を教えてしまうと、そのやり方で解けばいい間はスラスラ解けるのですが、根本的な「考える力」が身についていないので、その先に進むことができなくなってしまうのです。

 

「これはどうしてこうなっているんだろう?」とか
「どうすれば上手くできるだろうか?」とか、自分で試行錯誤したのちに、それが「できた!」「分かった!」となると、ドーパミンが炸裂して、あとはその行動が強化されていくので、ぐんぐん伸びるというわけです。

そして、それらの考える力はどこで身につくかというと、
「遊び」から身についていくものなのかな、と思っています。

ちなみに、
次男は、レゴが大好きですが、最初はデュプロで毎回同じもの(友達がつくっていたものの真似)を作っていました。
次に、作り方(説明書)がついたレゴのシリーズをいくつか作るようになり、説明書通り作って遊ぶことをするようになりました。
そして、今は、自分で作りたいものを決めて、パーツを探して、自分の作りたいものはどうやったらできるか試行錯誤しながら作っているようです。
私がやり方を教えたことはありませんから、
この辺がレゴのすごいところかなとは思いますが。

 

幼児期の遊びって、その後の学びに繋がっているんですよね。